WOW -Witness Our World- Photographer Hiroshi Yamauchi
Varanasi INDIA 2007

聖河の周辺

ヴァラナシへ。
この街へ一歩足を踏み入れると同時に無数の眼が、生きている眼も死んでいる眼も、訪れる者達の色覚を直線的に射してくる。
インドに少なからずの興味を持つ人々の中に、ヴァラナシという街の名前を知らない人を見つけるのは容易ではない。
その街は北をヴァルナ河、南をアッスィー河に挟まれているためにこの名が付いた。
南北の河の母体となるガンジス河は言わずと知れたインド国内に最大信者数を誇るヒンズー教のシンボルであり、訪れる人々は尊崇の念を持って「ガンガー」と呼ぶ。
ヴァラナシはガンガーが創りだした三日月形の河岸に三千年の昔から栄えるヒンズー教最大の聖地であり、その形からヒンズー神話のシヴァ神の額にたとえられている。
ヴァラナシがガンガー抜きで語られることは不可能であり、この街の時間軸はガンガーが刻む慎重な輪廻のリズムにからみとられているようだ。
ヒンズー教の教義によると、人は死後の灰をガンガーに流すことにより、生前に俗世で染み付いたあらゆる欲望や悩み、犯した罪の数々から解放されるという。
それ故に、死をこの聖地で迎えることが人生末期のヒンズー教徒にとって最大の関心事であり、年間を通じて多くの巡礼者がやって来る。
ヴァラナシはガートと呼ばれる公共の沐浴場と入り組んだ路地の街である。
ガートの多くは過去の王侯貴族の住まいをそのまま転用したものであり、街の中心から任意の路地をどう歩いて行っても、街を南北に貫くガンガー沿岸に八十四カ所あるガートのどれかに辿り着く。
ガートでは地元民、巡礼者、観光客が思い思いの片隅で沐浴し、祈り、歌い、泣き、食べ、飲み、洗濯し、歯を磨き、排泄し、生涯を終え、またはその全てをただ眺める。
数え切れない路地はさながらさほど大きくはない街を毛細血管のように覆う人とモノがあふれる脈であり、生活風景の寸劇場である。
この聖地は人、泥、あらゆる生物から流れ出る日々の代謝物、そして祈りの声と放埒な哄笑で埋め尽くされ、生と死は過剰な儀式が排されたあまりにも日常的な循環の中で起こる。
ある路上の花売りの男が言った。
輪廻転生の観点からは、人の一生は大きな時間軸のほんの一瞬にも満たない些事であり、「死んでガンガーのトロリとした水に抱かれればチャラになるんだぜ。それでいいじゃないか。」
この街には聖と俗が混在している。

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